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【渓流/ヘラブナ/磯釣りなど色々な釣りを経験】家邊克己がアジングにハマるまでの過去を振り返る!

連載:家邊克己の「週刊!アジングマニアックス」

最近釣りに行けていないので、昔のことを色々思い出していました。

家邊克己 Yabe Katsumi プロフィール

サーティフォーCEO、製品開発責任者。全国津々浦々、アジが釣れると聞けば、ドコへでも足を運び、実際に釣って、アジングの楽しさを広く世に伝える、まさに「アジングの伝道師」というべき人物。かなり頻繁に全国各地で参加費無料のアジングセミナーも開催中! 釣具メーカー「34(サーティフォー)※社名は[みんな幸せに!]に由来」を立ちあげ、自身のノウハウを詰めに詰め込んだ製品開発に没頭中。京都府出身、福岡県在住、1958年9月生まれ。

 

一番最初に釣った魚はボテ(タナゴ)

僕は、子供の頃から釣りをしていましたが、一番最初に釣った魚は琵琶湖で釣ったボテでした。

ボテといって皆から馬鹿にされた魚は現在でいうタナゴです。体型や腹がボテッとしていることから、ボテと呼ばれていたそうです。

これは、関西で言うハエ釣りやモロコ釣りの外道でどこに行っても良く釣れる魚で、今では貴重種になっていますが当時は食べても美味しくないので外道扱いでした。

このハエ釣りが面白く、団子の撒き餌を作り幾つも川に放りこみ、30分程放置してハエが寄ってくるの待ちます。

集まってきたら4.5cm位のウキを付けた、のべ竿を振り撒餌の上にウキを流すように流れの筋を読みながら、川上に投入してウキの変化でアタリを取って釣るという釣りでした。

 

それからヘラブナ釣りにも没頭する

その後は、その釣りの延長でヘラブナ釣りもやり始めました。

ヘラブナも今とは違って、まだウドンにさなぎ粉をまぶして釣るという時代で、練り餌はまだマッシュポテトが出始めたころ。

そこで覚えたことは、棚による微妙なウキの変化と細ハリスでのアワセ方でした。

冬になると冷えこみでアタリも微妙になり、ウキ下の調整も繊細でハリスも細いほど釣れるといわれ、当時あった一番細い号数の0.3号で30cm以上の大助と呼ばれるヘラブナを釣らなければいけません。

僕はアワセ方が分らなかったのでアワセ切れでハリスを飛ばしてばかりでした。散々周りの大人から笑われていましたから、子供ながらに必死に覚えたものでした。

 

ヘラブナの後は渓流釣りにハマる

その後、渓流釣りにハマり、お袋の郷が岐阜の山奥だったので、その辺の川を源流まで釣り歩いて流れにつくアマゴの釣り方を学びました。

もっぱら海のない県ばかりに縁があり、湖や川、池の釣りばかりしていました。

幼少から少年時代では川にも潜るなどして、魚の動きをずーと観察してどのように逃げて行くかまでもその当時は分かっていました。

 

高知県に住み始めてから本格的に海釣りを始める

そして受験などでしばらく釣りを離れ、今度再開したのは、高知に行ってから。

初めて海の釣りを本格的にしてみようと思いました。高知でも川の釣りをしようと思いましたが、その当時高知には淡水の釣りがそんなに流行っていません。

釣具屋さんに行っても道具が買えなかったので海釣りをしようと思っただけでした(笑)。

海釣りのことを何も知らなかったし、誰も教えてくれる人も居なかったので、海釣りの本を買ってきてひたすら読みました。

 

始めて挑んだチヌ釣りで…。

チヌを釣ってみたいと思い、道具を一揃い揃えて満を辞して堤防に行きました。

ですが、周りの人とあまりにもかけ離れた格好と道具立てで挑むと、周りの人達は簡単な格好でお手軽にチヌ釣りをしているのに対して、本ばかり読んでいた僕は本格的な磯釣りの格好で堤防に立ち、皆さんの中で1人浮いていました。

釣り方もまったく違いましたが、ビギナーズラックが僕にもあり、なんとチヌの52cmとハマチの55cmが釣れてしまったのです。

この時のことは今でも決して忘れることができません。

淡水の釣りばかりしていたので、こんな魚屋さんでしか見れないような魚が、こんなに簡単に釣れるなんて信じられなかったので、とても興奮したのを昨日のように憶えております。

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